ただただつらい

定期的にあることだけれど、何か素晴らしい技術を採用したWebサイトが世に出てきたところで、今の僕が真っ先に考えてしまうのは「すごい、僕もやってみよう」という感情でなく、「なぜウチはそうなってないんだ?」というオーナーからのハンマーである。

それに対しては色んな言い訳をつけることはできる。一番簡単なのは、あなたたちの依頼する仕事が多すぎて時間がなかっただとか、私たちのWebサイトはもっと複雑で難しいことをしているから、同じようにはいきませんよ、と言ってしまうことだ。

そして、「そんな技術は何年も前から知っていたし、やろうと思ったらできたがチャンスがなかった」だとか「過去にやったことはあったけれど、あの頃はまだ時代が追いついてなかった」なんて言うこともできるはずだ。

それを言い訳と知ってしまえば、最早そういったことは言えない。言われれば、ただただつらい。自分が長く携わっているサービスのソースコードを触ると、胸焼けがしてくる。同じものを第三者として見れば「なんでこんなクソみたいなことになってるんだ?」と言ってしまうに違いない。奇しくも、自分が今のサービスのコードを引き継いだ時と同じように。

Facebookを見て鬱になる人間がいるらしい。これも同じことなのかもしれないが、この鬱憤をその一言で片付けたくはない。自分のソースコードは会社の利益に一定数関わっているという自負がある。利益が出ていれば、それは大きな問題では無い。本来3時間で終わることが3日かかったとして、個人はともかく、それがすぐさま組織として問題になることはない。

企業とは、そのようにして回っているようだ。時間と利益は比例しなくなる。それは正しいことに思えるが、何故自分の関わるプロジェクトでは、悪い方向に向いてしまったのか。誰もそれを望んでいないのに。悪人を作り上げることもできる。「開発のことがわからない人間が無茶を言ってくる」というのがまさに定番で、もはやそれは、そうだったらならどんなに良いかという願望ですらある。結局のところ、それは当人の問題であると僕は思う。なぜなら、時間を奪われて不利益を被るのは当人だからである。

このどんよりとした気持ちが、自分の性質や感情によるものなのか、客観的に言えることなのかもわからない。どうしたら良かったのか、僕にはわからない。難しいことはわからないが、たぶんプロジェクト自体は成功しているのだと思う。だから、ただただつらい。

というもやもやを文面にして少しスッキリしたところで、それがわかるようになるまで、もうすこし頑張るか。